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大阪地方裁判所 昭和28年(レ)24号 判決 1956年5月31日

控訴人 中川徳松

被控訴人 杉山楢吉

主文

本件控訴は之を棄却する。

訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人は、控訴人に対し八尾市大字太田七十八番地の一、田六畝十七歩につき賃貸借契約が存在しないことを確認する。被控訴人は控訴人に対し被控訴人所有同番地上(西南隅)にある木造板葺平家建住宅建坪約六坪を収去して右土地を明渡し訴状送達の日の翌日より明渡済に至る迄一ケ月千六百円の割合に依る金員を支払えば、訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決並びに第二項に限り仮執行宣言を求め被控訴代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴代理人に於て

一、控訴人は昭和二十七年七月七日附書面を以て、被控訴人に対し賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。仮りに右契約解除が不適法なれば本訴に於て右賃貸借契約解除を主張する。

二、本訴に於て明渡を求める農地は、八尾市大字太田七十八番地の一、田八畝二歩のうち被控訴人に賃貸した六畝十八歩であり、その地代は反当り一石八斗石当り、七十五円である。仮りに然らずとしても一反歩六百円の割合である。

而して、被控訴人は、本件訴状送達の日の翌日から右土地を不法に占拠しているが本件土地については被控訴人は農地として使用しているから被控訴人の本件農地の不法占拠により蒙る損害は本件土地及び附近同等値の農地に対する所轄税務署が毎年決定する農家所得額を参酌し決定するを相当とするところ所轄八尾税務署が昭和二十七年以降の各年度に本件土地等について定めた農家所得基準は一反歩二万四千円を下らないから、訴状送達の日の翌日から明渡済に至る迄右範囲内で一ケ月千六百円の割合による損害金の支払を求める。

三、昭和十三年法律第六十七号農地調整法第九条は農地の賃貸人の解約申入及び更新拒絶の申出についてはあらかじめその旨を市町村農地委員会に通知すべき旨規定し同二十年法律第六十四号同法改正法、第七条の二第二項は市町村農地委員会の承認を必要とする旨改正した。然るに昭和二十一年法律第四十二号、農地調整法改正第六条第五項により解除権行使をも農地委員会の承認を要するものとし更に右承認を受けないでなした行為はその効力を生じない旨規定するに、至つた。即ち昭和十三年の農地調整法では地主小作人間の協調、農村の平和を目的とする見地から単に解約又は更新拒絶について事前に農地委員会に通知することとしたのであつて、農地委員会は、解除権行使については何等行政上の制限を行う権限は規定されていなかつたが其の後の国家総動員法及び臨時農地管理令に於ても右の態度は踏襲され戦後農地改革に適応する昭和二十年法律第六十四号による改正に於ても解除権行使についての法令上の制限はなかつた。

然るに昭和二十一年自作農創設特別措置法と同時に改正された前記改正に於て初めて、解除についても農地委員会の承認を要すると規定し、而も承認がない行為に、ついて其の効力がないと規定したが右は農地の賃借権について民法の賃借権と別異の取扱をするものであつた。ところで農地改革の実施を目的とする自作農創設特別措置法制定下に於て小作人を保護する為地主の解除権制限につき前記の如き急激な改正を行つたが農地法第九条第三項第五項の律意は契約の解除権の有無を右法条により農地委員会に審判する権限を与えたものでなく単に解除の意思表示を裁判外に於て相手方に為すことを取締る為に委員会の承認を要するものと改正したものであり承認のない解除は効力を生じないと規定したのは右行政上の取締に反する制裁として意思表示の効力を認めないと言うに止まり解除権を喪失せしめるとの規定でもなく又改めて委員会の承認を求めることを禁ずる規定でもない。況や裁判上に於て解除の意思表示をし解除権を行使する民法の契約解除に基く解除権を喪失せしめる規定ではない。従つて本件契約解除が有効であることは多言を要しない。

四、仮りに右法条が農地委員会の承認を得ることなく訴状を以て賃貸借契約解除の意思表示をするも解除の効力を生じないとの趣旨の規定であるとすれば同法条は憲法第七十六条第二項に違反する無効の法律である。

と述べ

又被控訴代理人に於て、昭和二十五年度以降の小作料は反当り六百円であることは認めるが控訴人主張の約定小作料については之を争うと述べたほかは原判決摘示事実と同一であるから之を茲に引用する。

<証拠省略>

理由

一、被控訴人が控訴人より控訴人所有に係る、八尾市大字太田七十八番地の一、田八畝二歩の内六畝十七歩を賃借し右土地を農耕の用に供して来たこと昭和二十七年五月頃被控訴人が本件農地の一部に、控訴人主張の建物を建築したことは当事者間に争がない。

二、控訴人は被控訴人の右建物建築を以て控訴人被控訴人間の小作契約に違反する故本件農地の賃貸借契約を解除しその明渡を請求するから契約解除の適否について判断する。

農地調整法第六条は、農地の縮小荒廃を防止する為其の農地を耕作以外の目的に供しようとするときは、都道府県知事の許可を要するものとしているから賃借人がこの許可を受けることなく賃貸人の承諾なくして農地を建物敷地に転用する如き行為は賃借人の信義に反する行為と言うべく宥恕すべき事情が無い限り同法第九条第一項により賃貸借契約を解除することが出来ることはもとよりのことである。しかしながら同条第三項は賃貸借の解除には市町村農業委員会の承認(昭和二十七年十二月三十一日迄は都道府県知事の許可)を受けることを要求し同条第四項は右承認乃至許可を受けることなくして為した解除をば無効とすると規定している。即ち同条第一項は昭和二十一年法律第四十二号による改正に伴い従来賃貸借契約の解約又は更新拒絶に関する制限をば民法第五百四十一条による契約解除にも及ぼすことを明かにし同条第三項は解除をば農業委員会の承認にかからせ農地に関する紛争を自治的に且つ実情に則し解決させることとし更に之が承認を得ない行為の効力については従来その規定を欠いでいた為、疑義があつたところ第四項を新設し承認のない行為の効力を認めないものとし併せて、自作農創設特別措置法の規定に対応して農地が一部地主に集中することを防止する為小作地の取上制限を一層強化し耕作農家である小作人の地位の安定をはかつているものである。農地調整法第九条の右法意からすれば賃貸借を民法第五百四十一条により解除することが許されないことは明かであり又農地調整法第九条第一項の信義に反する行為がある場合にも同条第三項による農業委員会の承認乃至知事の許可を要するし、右の承認乃至許可は所謂認可なる行政行為であつて解除と云う、法律行為の効力を補完しその有効要件を為すものと解すべきである。而して農業委員会の承認乃至知事の許可申請に対し理由がないものとして不承認乃至不許可の処分があつた場合には抗告訴訟で処分を争うことが出来ることは勿論であるが控訴人主張の如く裁判上農地調整法第九条第一項の事由を主張して裁判上農地明渡を請求するにつき右承認乃至許可が必要でないとすれば農地に関する一切の事項をば自治的に、且実情に則し解決させる為の承認乃至許可なる行政庁の処分をば全く不必要とすることとなり農地調整法の目的に反するのみならず行政庁の処分をば裁判所が之を行う結果となるし又右の承認許可を受ける以前に、同法第九条第一項の事由があるものとして、給付判決乃至確認判決をすることが許されるとすれば行政庁は、法規裁量事項について行政権を行使する以前に事実上判決に拘束される結果となり行政庁に対し給付乃至確認判決を為すに等しくいずれも三権分立に反することとなるのであつて原告主張の如き契約の解除は許さるべきものでない。尤も農地調整法第九条第三項但し書は民事調停法による農地調停により解約がなされるときは、農業委員会の承認乃至知事の許可を要しない旨定めているが他方民事調停法は小作官、又は小作主事が期日に出席し又は期日外で意見を述べることが出来調停にあたつては必ず小作主事又は小作官の意見を聴くことを要する旨規定され調停で小作地返還が定められた場合は之らの機関が農業委員会等に代つて解約の相当であるか否かを審査することとなるから、例外的に規定された迄であつて右法条を以て裁判上解除権の行使にも亦承認乃至許可が必要でないと解する根拠とすることは出来ない。然らば控訴人の主張はそれ自体農地調整法第九条の解釈を誤つたものであり控訴人主張の契約解除は無効であり、之に基く請求は失当と云うほかはない。

三、控訴人は農地調整法第九条第五項が知事の許可を得ることなく裁判上賃貸借契約解除の意思表示を為すを許さない法意であるとすれば同条は憲法第七十六条第二項にも違反すると主張するが許可申請に対し、知事が不許可の処分を為した場合は抗告訴訟を以て処分を争うことが出来るのであるから同法条は何等憲法第七十六条第二項に違反するものではない。

四、然らば控訴人の本訴請求はその余の点について判断する迄もなく失当であり之と同趣旨に出た原判決は相当であるから本件控訴は之を棄却すべく民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 松浦豊久 角敬)

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